卒寿小論 167 移り香たゝむあけぼのゝ蚊屋(前句)
元禄 前句付け「3」 (前句)移り香たゝむあけぼのゝ蚊屋
来ぬ君の科(とが)を枕にいふは無理 移り香たゝむあけぼのゝ蚊屋
参考 君=男女共用、恋する男女の意味を持つ。科=咎められるべき行為。移り香=物に移った匂い、その人特有の香り。
「なぜ、あなたは来なかったのですか。私がこれほどにあなたのおいでを待ち焦がれている
のを・・・」
蚊帳に男の残り香を残し、枕に向かって愚痴る女は江戸時代のどのような女であるのか。現代とは違う男と女の関係として見なければならない。
現代の恋愛の自由が一応認められた社会と江戸時代の男女関係は全く違う。
素直に考えれば、女は囲われ者で男の来訪を待ち焦がれている。遊女を身請けして囲っているのか、下女を年季が明けて囲っているのか。
男は、武士か、商家の大旦那か、若旦那か。或る程度の富裕層の男か。
あまり難しく考えないで、好き合っている男と女の関係としておこう。
好きな男が来るはずの日に何の連絡もなく来ない。夏の日の朝、蚊帳をたたむ、その蚊帳に男の移り香が。切ないな。愚痴の一つも言わなければ収まらないよ。
この句の中に江戸封建時代の女の生き方がよく描かれている。現代の今も男の来訪を待って生活をしている女性がどれほどいることであろうか。
妾という男女関係は正式に認められた江戸時代の男女関係である。だから妾に対しても公的な掟が定められていてその制約の中で男女の関係を維持していかなければならない。
「間男」という不適切な関係に対しては厳罰を以て臨んでいた。江戸時代の掟を理解していないと江戸文学の理解は深まらないようである。
山百合 季節の花300より