卒寿小論 71 脱税のおすすめ <掌編19>
K 町 役 場
ここは大分県の南の端、いわしと芋の産地K町である。K町におろやんとしめやんという実に仲のよい二人のおばあさんがいた。どうしてこの二人、仲がよいかというと、ちょっとしたわけがあった。
おろやんもしめやんも、朝から晩まで、孫の守りをして、町中を歩きまわって一日を過ごしていた。おまけに、二人とも実によく屁をひるくさい仲であった。
屁をひるといっても、おろやんとしめやんの屁は、気持ちのよい、豪快な屁であった。妙な臭いを発散させない、無色無臭のいい音の屁で、どんな偏屈な人間でも声を出して笑わずにはいられない。
屁をひるタイミングが実によい。
今日も朝から孫をおんぶしたかおろやんとしめやんは、海岸ぞいを散歩しながら町役場の方へと歩いていた。
冬の寒い北風が吹きはじめると、役場のコンクリートの塀に囲まれた中庭は、子守り連中にとっては恰好な場所である。朝一番、早くそこに出勤するのがおろやんとしめやんであり、役場勤めの誰よりも早く、帰りは帰りで一番最後までそこに居た。
役場に出勤する一人一人にていねいに朝のあいさつをするのである。にこにこと実にほがらかに
「町長さんおはようございます。(プー)まあ、どうも失礼しました。(プー)」
来る人、来る人にこの調子であり、毎朝のことなので、みんなも慣れてしまい、かえって、プーとでない時の方が変な気持ちになり今日は体の具合いでも悪いのではなかろうかと心配するぐらいであった。
おろやんとしめやんは、プーとやるたびに爽快な心持ちになるので、まあ、いいとしても、二人の家族の者はみな難儀をしていた。
特に、むすこは、何とかして屁をひるのをやめてもらいたいと思っていた。そして、おばあさんの屁は、きっと、精神がたるんでいるからにちがいないと考えて、或る日、
「おばあちゃんよ、今度から屁にも税金がかかるちゅうことじゃ、すこし気をつけてもらわにゃなあ」と注意した。
おばあちゃんも税金と聞いて、少し体が緊張して、精神が引きしまった。すると、景気よく、プー。
ひょっとすると、おばあちゃんは、精神がたるんで屁をひるのではなく、過度に緊張した時にこそ屁をひるのかも。
「わしだけじゃない。しめやんだって、わしよりも大きな屁をひる。しめやんにだって上納がかかるわい」
そう思ったおろやんは、まあ、しめやんと相談して対策を考えることにした。
翌朝、いつものように孫をおぶって役場に行く途中で、しめやんに出合った。
「しめやんよ、しめやんよ」おろやんは日頃よりも少し小さい声で、それでも普通の人と
同じくらいな声で
「よんべ聞いたことじゃけんど、大変な法律ができたもんよ、あのな、大きな声でゆえん
けど屁にも税金がかかるちゅう話しじゃ」
「そりゃあ、たまらんことよのう」
「それで、しめやんよ、今日からは自由に屁もひられんぞ」
「おろやんよ、屁をひっても、役場んしにわからにゃ`いいし、誰にもゆわにゃ、わから
せんもん」
「ほんに、そうよのう」
納得したおろやんとしめやんは、役場の方にしりをむけて、一発大きな屁をプーとやると、役場とは反対の方向に歩き始めた。
この日より、町の人々は、誰もおろやんとしめやんのあの豪快な屁の音を聞いた人がいないということである。
むすこは果たしてこれで良かったのかと自問自答している。