syougoのブログ

余命ゼロ年の壁を超えてしまいました。転ばぬ先の杖を手にして、卒寿まではブログを頑張ってみたい。

「山のあなたの空遠く」に「幸い」を求めなくても
働いた後の休息が、至福の時であることを実感。
余命ゼロ年の暇つぶしに。我を忘れて夢中になれる
ブログに挑戦していこうと。

夢中になれることがあることに感謝。

卒寿小論 511 詐欺師なのか善導師なのか?

藤 正悟

詐欺師と善導師は、紙一重で見分けがつきにくい。


宗教、政治の世界には紙一重の人物や集団が現れる傾向にある。


どこで詐欺師なのか善導師なのかを見分けるかと言えば、
金儲けでやっているか、自分や自分が所属する集団のために
働いているかで見分けることにしている。
とは言うものの簡単には見分けることはできない。


知り合いのお年寄りが、寄り合いから帰りがけに話していた。
「空」だの「無」だの「因縁」だのと言ってるがちっとも分らん。
詐欺にあったようなもんじゃ。けども、あのお坊さんは信用できる人じゃけん、
信用しちょるんじゃ。


そうですね。誰が言ったかが詐欺と善導の分かれ目でしょうな。
だれが言った言葉なのかは大きな問題ですね。
宗教にせよ政治にせよ誰の発言かが、重要である。


まあ「鰯の頭も信心から」で、信心しないことには先へ進めないな。


お釈迦さまも、親鸞様も、信心しないことには、偉大なる詐欺師になってしまう。
さて、今の政治で誰を、どの政党を信用するかが問題ですね。
誰も信用できないなどと言っては前に進めない。「鰯の頭も信心から」で、
まあ誰かを信じて、前に進むことにしよう。


           それが私の生き方です。健康的ですね。

     

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