卒寿小論 511 詐欺師なのか善導師なのか?
詐欺師と善導師は、紙一重で見分けがつきにくい。
宗教、政治の世界には紙一重の人物や集団が現れる傾向にある。
どこで詐欺師なのか善導師なのかを見分けるかと言えば、
金儲けでやっているか、自分や自分が所属する集団のために
働いているかで見分けることにしている。
とは言うものの簡単には見分けることはできない。
知り合いのお年寄りが、寄り合いから帰りがけに話していた。
「空」だの「無」だの「因縁」だのと言ってるがちっとも分らん。
詐欺にあったようなもんじゃ。けども、あのお坊さんは信用できる人じゃけん、
信用しちょるんじゃ。
そうですね。誰が言ったかが詐欺と善導の分かれ目でしょうな。
だれが言った言葉なのかは大きな問題ですね。
宗教にせよ政治にせよ誰の発言かが、重要である。
まあ「鰯の頭も信心から」で、信心しないことには先へ進めないな。
お釈迦さまも、親鸞様も、信心しないことには、偉大なる詐欺師になってしまう。
さて、今の政治で誰を、どの政党を信用するかが問題ですね。
誰も信用できないなどと言っては前に進めない。「鰯の頭も信心から」で、
まあ誰かを信じて、前に進むことにしよう。
それが私の生き方です。健康的ですね。
