卒寿小論 623 落日の輝き「宗麟」7 長寿丸よ、オー 長寿丸よ
大友家始まって以来の活気が豊後府内に満ち満ちていました。
1562年、永禄5年の春を迎え、嫡子大友義統(よしむね)長寿丸は、
過保護すぎる父義鎮(よししげ)と厳しすぎる母のもとで4歳を迎えました。
大友館の縁側、桜が散り始めたのを背に長寿丸は、修道士のルイ・ペレイラから
貰った南アジア原産の純白にブルーの線の入ったインコに餌を与えていました。
インコは、ゆったりとした動きで、餌をついばんでいました。
今まで穏やかだった空の様子が急に変わり、
雨と風が春の嵐のように大友館を包みました。
と、一瞬、大音響と共に桜の大木が裂けて倒れたのであります。
長寿丸は気を失ってしばらく倒れこんでいました。
「長寿丸よ、オー、長寿丸よ」父は大声で長寿丸をゆすります。
しばらくして、長寿丸は目を開き、父の腕をとり、
「お、お、お・・・ ちちうえ」と、喘ぎあえぎ父の名を呼んだのであります。
父義鎮(よししげ)はこれまでに見せたことのないような
慌てふためきようでございました。
母は、長寿丸の手をしっかりと握り、
「長寿丸よ。あなたは鎌倉より続く由緒ある大友家の嫡男です。
これしきのことで怖れてはなりません。しっかりするのです」
長寿丸は、母の手を確りと握った。そして父に支えられながら起き上がった。
親と子の血の流れが、長寿丸を確りと支え勇気づけたのであります。
この日より、長寿丸、後の義統(よしむね)は、どもりの症状に取りつかれ、
どもりとの戦いが生涯にわたって続くことになります。
初めのうちは、言葉の出だしの一音を繰り返す連発性吃音でありましたが、
1カ月も経たぬうちに最初の音を伸ばす伸発性の吃音に変化し、
そして、最初の言葉が出ない難発性吃音と変化していくのであります。
この変化は、子どもなりに何とかしようとの試みの中で起こる変化でございます。
父、義鎮は長寿丸の必死になって話そうとする姿をみて、身も心も痛むのであります。
「長寿丸よ、おお、長寿丸よ。神よ、仏よ、この長寿丸の苦しみを助け給え。
我が命に代えても助け給え」
涙を流し、大声で叫ぶ父。まさに子を思う親の姿がそこにあったのでございます。
過保護すぎる父と厳しすぎる母に支えられて、
長寿丸のどもりの症状は落ち着いてきたのであります。

大友宗麟