syougoのブログ

余命ゼロ年の壁を超えてしまいました。転ばぬ先の杖を手にして、卒寿まではブログを頑張ってみたい。

「山のあなたの空遠く」に「幸い」を求めなくても
働いた後の休息が、至福の時であることを実感。
余命ゼロ年の暇つぶしに。我を忘れて夢中になれる
ブログに挑戦していこうと。

夢中になれることがあることに感謝。

卒寿小論 687 北村晴男参議 ありがとう

藤 正悟

     

米寿を過ぎて、考えることをできるだけやめて、

その日暮らしの生活に徹しようと思っていた矢先に、

北村参議から、考える生活に引き戻された。改めて、「ありがとう」

 

あなたの「醜い、奇妙な生き物」という一言が、

いろんなことを考えるきっかけをつくってくれた。

 

「人間ほど不可思議で、とらえどころのない奇妙な生き物はない」と、同感した。

奇妙な生き物が住む世界は、嘘八百の世界である。嘘八百の世界では、

「情熱と勢い」で、駆け抜けなければならい。


情熱と勢いのある人や集団は負けない。

成仏するまで情熱と勢いで生きていくのがよろしい。

「情熱と勢い」は、良いか悪いかを超えて突き進んでいく力がある。

「良いか悪いか」は、後の人が決めることで、気にとめることはない。

 

そんなことを考えていると。

今回の参政党や国民民主党の勢いもしばらくは、

静観して行くのがよろしいかと。


石破総理の一歩も引かない生き方も、また、

一方で総理を引きずり降ろそうとしている集団も

成仏するまで静観するのがよろしいと納得した。

 

現日本国憲法は、一度日本が成仏した時にできた憲法で、仏(悟り)の憲法に近い。

人も国も一度死なないと「醜く、奇妙な物」をかなぐり捨てることは出来ない。

かなぐり捨てて、悟った時が、また、「奇妙な生き物」の動き始めるときでもある。


それには、80年から100年を要するようである。


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