syougoのブログ

余命ゼロ年の壁を超えてしまいました。転ばぬ先の杖を手にして、卒寿まではブログを頑張ってみたい。

「山のあなたの空遠く」に「幸い」を求めなくても
働いた後の休息が、至福の時であることを実感。
余命ゼロ年の暇つぶしに。我を忘れて夢中になれる
ブログに挑戦していこうと。

夢中になれることがあることに感謝。

卒寿052 死ぬことを忘れていてもみんな死に

藤 正悟

      

久しく、この言葉を忘れていたのだが、つい先日ふっと思い出した。

「死ぬことを忘れていてもみんな死に」随分若い時に、知った言葉であるが、

誰の言葉か知らない。知っている人がいたら是非教えて欲しい。


両親を送り、妻を送って、ふっと息が抜けたときに出た「何十年振りかの言葉だ」

「死ぬことを忘れる生き方」っていいですね。


人は「忘れる」から、元気に生きて行けるのかも。「忘れる」幸せを実感した30年。

忘れようと思って、忘れられるものではない。何かに夢中になっている時は忘れている。

そういえば、定年退職をして30年間「死ぬことを忘れていた」

久しぶりに「死ぬことを」思い出して、卒寿からの第一歩を踏み出そうと思った。


これまでの「生き方」は、自分で選んできたが、これから迎える死は自分では選べない。

これからがこれまでを決める。

「おまかせ」人生だな。


「明日のこと」 これから先の「分からないこと」を考えるから「不安」になるので、

「今日一日」だけの行動を「笑顔で」「感謝の心で」生活していくのが一番。


これまでのような「あれをしよう」「これも欲しい」とため込んだ「たし算」の生活から、

ため込んだものを一つずつ捨てていく「ひき算」の生活に入ることで、欲望が小さくなると、

幸せ感が大きくなるようだ。


若いうちは、逞しく「たし算」の生活で、歳を重ねてからは、「ひき算」の生活で、

外から内へと、内面(心)の豊かさを大きくふくらませるのが、幸せ感を持つ生き方かも。

捨ててすてて、最後に残ったものが、私の個性であり、私の趣味であり、私の人格になる。

ような気がする。


心穏やかに、笑顔と感謝で、一つだけは挑戦するものをもって、これからの生活を実践していこう。

もう、すでにそのような気持ちで、一日の生活を踏み出しているので、そのことについては、

高齢者養生訓の「実践編」で、紹介していこうと思っている。


新しい幸せ感に出会って、是でいいのだと納得している今日一日である。ありがとう。

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