syougoのブログ

余命ゼロ年の壁を超えてしまいました。転ばぬ先の杖を手にして、卒寿まではブログを頑張ってみたい。

「山のあなたの空遠く」に「幸い」を求めなくても
働いた後の休息が、至福の時であることを実感。
余命ゼロ年の暇つぶしに。我を忘れて夢中になれる
ブログに挑戦していこうと。

夢中になれることがあることに感謝。

卒寿小論 607 旧約聖書派それとも新約聖書派?

藤 正悟


日本人は「敵討ち」精神が伝統的に生きている。

赤穂浪士の討ち入りが、日本人の仇討のお手本であろう。


旧約聖書の「目には目を、歯には歯を」と「やり返す」ことを長らく

正当化してきた人と「右の頬を打たれたら、左の頬も向ける」

新約聖書の人達の変化は大きいが、どうみてもキリスト教の根っこにあるものは

「やられたら、やり返す」生き方の方が優位にあるように思われる。

 

だから、アメリカは日本に原爆を投下したことに対する「目には目を」と

認められている「復讐」を一番恐れているのではなかろうかと思う。

長い事,正当化された「やり返す」ことの不安が常に頭のどこかにあり、

そのための「日米安保条約」が、必要になってくる。

 

原爆を落とされた国が、原爆を所有することが一番の恐怖である。

そのために憲法制定にあたっては徹底して口を出し、教育や神社仏閣、

天皇制にまで配慮して、手も足も出せない国家にしてきた。

 

アメリカが唯一日本に原爆を投下した国である。

この事実が、日米安保条約の要となる。

世界で日本だけが原爆を投下された国である。

 

旧約聖書派の精神で付き合っていくのか、新約聖書派の精神で付き合っていくのかが、

戦後80年が過ぎて、日本の政治が抱える大きな問題である。

 

外交の第一歩は、「日本は世界で唯一、原爆を落とされた国である」

という事実をどう世界の国々へ発信していくか、新しい日本の戦後の始まりである。


私の性格傾向は、「やられたらやり返せ」だと思っていたのだが、

高齢になってからは、「右の頬をうたれたら、左の頬を」に近づいてきたようだ。

       赤 穂 城  <Wikipediaの画像>

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