卒寿小論 607 旧約聖書派それとも新約聖書派?
日本人は「敵討ち」精神が伝統的に生きている。
赤穂浪士の討ち入りが、日本人の仇討のお手本であろう。
旧約聖書の「目には目を、歯には歯を」と「やり返す」ことを長らく
正当化してきた人と「右の頬を打たれたら、左の頬も向ける」
新約聖書の人達の変化は大きいが、どうみてもキリスト教の根っこにあるものは
「やられたら、やり返す」生き方の方が優位にあるように思われる。
だから、アメリカは日本に原爆を投下したことに対する「目には目を」と
認められている「復讐」を一番恐れているのではなかろうかと思う。
長い事,正当化された「やり返す」ことの不安が常に頭のどこかにあり、
そのための「日米安保条約」が、必要になってくる。
原爆を落とされた国が、原爆を所有することが一番の恐怖である。
そのために憲法制定にあたっては徹底して口を出し、教育や神社仏閣、
天皇制にまで配慮して、手も足も出せない国家にしてきた。
アメリカが唯一日本に原爆を投下した国である。
この事実が、日米安保条約の要となる。
世界で日本だけが原爆を投下された国である。
旧約聖書派の精神で付き合っていくのか、新約聖書派の精神で付き合っていくのかが、
戦後80年が過ぎて、日本の政治が抱える大きな問題である。
外交の第一歩は、「日本は世界で唯一、原爆を落とされた国である」
という事実をどう世界の国々へ発信していくか、新しい日本の戦後の始まりである。
私の性格傾向は、「やられたらやり返せ」だと思っていたのだが、
高齢になってからは、「右の頬をうたれたら、左の頬を」に近づいてきたようだ。

赤 穂 城 <Wikipediaの画像>