卒寿小論 670「素直さ・大胆さ・行動力」を信義が支える男

「トンちゃん総理」を一言でいうと、「素直さ・大胆さ・行動力」
を信義が支える男である。
こんな政治家はもう二度と出ないだろう。昭和・平成・令和の「仙人である」
大谷翔平は野球界の仙人である。田中角栄も少しばかり灰汁の強い「仙人である」
現在のところ私が選ぶ三人の「仙人」である。
しかし、「トンちゃん総理」の凄さに気付いている人は稀である。
「トンちゃん総理」を支えた面々は、彼を正しく好意的に信頼していた。
世間一般の人たちは、「トンちゃん総理」のことは関心も持っていないし
理解もしていない人が大多数である。
まあぼつぼつ「トンちゃん総理」の内面や生き様を語り継いでいこう。
村山富市「首相体験」のすべてを語る (一部抜粋)
インタビュー 辻元清美
辻元 「あのとき、自民党も村山さんに投票したんですね」
村山 「自民党も代議士会か何かで決めたのかな」
辻元 「それで村山さんに投票・・・」
村山 「それは、本会議が始まる直前の話やからな。僕らは知らないままだった」
辻元 「ほんまかいな?」
村山 「そして本会議へずうっとなだれ込んで入っていった。だから本会議場に入るまでは、
話は聞いていない」
辻元 「ご本人は聞いていらっしゃらないのですか」
村山 「聞いてない。全然。河野さんからの話も自民党で決めた話ではないと前置きして
僕に話があった。その話は僕が断って終わってる」
辻元 「へー」
村山 「後で聞いた」
辻元 「ああ、そうですか。それはびっくりしましたよね」
村山 「びっくりした。後で聞いたのは、議員総会でだれがどう発言して、
どうしたという話でみんな後で聞いた」
辻元 「私なんか、やっぱり連立の条件として、社会党から総理を出そうという話を
条件として出したのかなと思ったんです」
村山 「だから三党で連立政権を組むという話は、内々それなりにあった。
公式的には、自民党が、社会党、さきがけが提示した政策につい、
おおむね了解するという返事があったとは聞いていた。そして、
連立政権は首班に投票した政党が政権に参加して連立を組むことになる。
必然的にそうなっていくわけだけれども、僕が首班指名される前に、
自民党が一致して村山に入れると決めたということは聞いていない。
だから僕は海部さんが出るようになったのだと思った。それでなきゃ、
海部さんは出て来ないだろう。よ思った」
辻元 「本会議場で、いきなり、ああ、自分が総理になったんだと」
村山 「指名されたんじゃ。それで、山口鶴男さんが前の席におって、「立って、立って」
というから。しょうがない。立って頭を下げた」
辻元 「社会党の方々もびっくりされましたね」
村山 「それはびっくりしたんじゃないの」
・・・
辻元 「そうすると、その瞬間から総理になってしまったということになりますね。
いきなり、準備もなくバトンタッチしなければいけない」
村山 「バトンタッチもないわ。首班指名されたら、そのまま官邸に連れていかれるもの。」
辻元 「連れていかれるんですか・本会議場から、ビューッと車に乗せて(笑)」
村山 「それは、SPから何からダーッとついてだな。そのまま官邸に行った。
だからそれこそかばんひとつで単身赴任だ」
参 考
山口鶴男=1925年10月4日~2015年8月3日(89歳没)元社会党書記長・国会対策委員長、総務庁長官、群馬県吾妻郡草津町出身、現群馬大学工学部。
村山富市=1924年3月3日生まれ 現101歳
田中角栄=1918年5月4日~1993年12月16日(75歳没)
1918年(大正7年)、1924年(大正14年)
1993年(平成5年)、2015年(平成27年)
村山政権は、1994年(平成6年)6月30日~1995年(平成7年)8月8日
大正生まれの政治家で平成の前期に活躍、田中角栄氏は村山政権を見ずに亡くなる。
これからの時代は、連立政権が多くなると想定できる。
村山政権の姿が、一つの参考になると考える。