卒寿小論 235 身は身で通る裸ん坊 (上方)
【貧富賢愚の違いはあっても、人はそれぞれ身のほどに応じてそれなりの生活をしていけるものである。また、人は結局、自分本位にしか暮らさないものである。】
母がよく言っていた。人はその人が貯めただけのものをきれいさっぱりと使い果たして人生を終わるものだと。
貧乏人は金持ちの気持ちは分からないし、また、金持ちも貧乏人の気持ちは分からないであろう。
それは、賢者は愚者の考えを理解できないし、愚者は賢者の考えていることを理解できないのと同じである。
男は女を、女は男を本当は理解できないで生活しているのではないかと思う。理解したような理解されたような気分で男も女も共同生活をしている。まあ、いい方である。
相手の言うことに素直に耳を傾けて、相手がいやだと思うことはしないように生きるだけで十分ではなかろうか。
結局のところ、人はそれぞれの立場に立ってそれぞれの生活をして、それぞれの人生を終わることになる。
それだけのことである

ミツバツツジ 季節の花300より
花言葉は 節制、抑制のきいた生活
ダンチョネいろは歌
イケメンさんは 三途の川で (アーどうしたどうした)
鬼の娘をネ 口説きます ダンチョネ (エーなんとなんと)