卒寿小論 297 江戸小咄は日本人の笑いの・・・
江戸小咄は日本人の笑いの原点
落語を好きになったきっかけは、落語のまくらがとてもしゃれていて面白かったことである。
中でも好きなまくらは、江戸小咄を上手く利用している「星取り竿」である。
さる息子、月夜に長竿を持って空をうつ、親父見て、
「何をする。」
「星をうつ」
親父ぬからぬかおで、
「下からは届くまい。屋根へ上がれ」
江戸小咄(軽口あわれ酒)
これを上手くアレンジして落語では舞台をお寺の境内にして、和尚と小坊主のやり取りに
夏の夜、寺の境内で長竿を天に向かってうつ小坊主を見て
「これ珍ねんや。何をしている。」
「和尚様、あまりにも星がきれいなので取ろうと思いまして。」
「ばかな。星を取るなら屋根へ上がれ。」
和尚のとぼけたユーモアが温かくおかしくて、これより落語が好きになりました。
まくらに使ってみたい小咄も2・3ありまして
いずこも同じ
隅田川のほとりにかすかなる庵をむすび、窓のつくえにもたれ書物など見ているていを見て、あのようにして暮らしたら、浮世のこともわすれて、さぞおもしろいことであろうと、うらやみて見ていけるに、閑居の人縁先へずっと出て大あくびして、
「ああ、銭が欲しい。」
話 術
「芝の切り通しに狼が百ほど出る。」
「とんだ嘘をつくやつだ。」
「いやいや五十ほど出る。」
「なに、嘘を。」
「四五匹は確かに出る。」
「とほうもない嘘をつくやつだ。」
「イヤ、どうやら出そうな所だ。」
これから暫く江戸小咄を読みぬいてまくらや本題に利用できるものを選んでおこう。
江戸小咄を落語に成長させたものもかなりの数になるようだ。