卒寿小論 424 「祖国のために」懐かしい言葉だ
75歳の河村たかし市長から「祖国のために」という言葉を聞くとは、88歳の私でも「祖国のために」という言葉を忘れかけていた。
敗戦の年に小学校3年で、もう我々年代では「祖国」という言葉から「国民」という言葉の方を使うようになっている。
「祖国のために命を捨てるのは道徳的な行為」という河村たかし市長の発言に目を覚まされた。
現代は個人主義に走った生き方が大手を振っている。
しかし、我々の年配でも「祖国のために命を捨てる」という意識はない。せいぜい「国民のために汗を流し、知恵を絞り、命を懸けた働きをしたい」という程度である。
祖国という意味の中に「日本の国体、伝統を守る」ということを感じる。
日本の国体とは、日本を天皇中心の国家にすることであり、そのためには憲法を改正しなければならない。
日本会議はホームページでそのことをはっきりと打ち出しているが、日本保守党は「日本の国体、伝統文化を守る」という表現で終わっている。
百田氏の日本保守党の役員である河村市長は、「日本の国体、伝統を守る」というところから発言していかないと「祖国のために命を捨てるのは道徳的な行為」という意味が国民には正しく伝わらないと思う。
日本会議と日本保守党の目的や活動の違いを見極めることによって、「祖国のために命を捨てるのは道徳的な行為」の意味が正しく理解されると考えるものである。
