卒寿小論 589 戦後教育の失敗(教育48)
日本の社会は荒れている。
戦後も、社会は荒れた。殺人、詐欺、窃盗、万引き、強姦等々あらゆる事件が頻発した。
が、頭の部分はまだ確りしていた。
現代の荒れは、戦後すぐの時代と違って頭の部分が腐ってきている。
戦後の荒れと今の荒れの違いであろう。
頭の部分が腐り始めると「美しん日本」を取り戻すことは容易なことではなくなる。
絶望的である。回復不能に陥る。
なぜ、頭から腐り始めたのであろうか。
それは、義務教育の段階で、正しい「政治教育」と「宗教教育」が抜け落ちたからである。
高等教育では知識として詰め込んでも結局自分を正当化するために利用するだけになってしまう。手をくれである。現在の官僚の姿がそれを良く表している。
なぜ、義務教育の段階で正しい「政治教育」と「宗教教育」が抜け落ちたのか。
その根っこは教育基本法の第二章の教育の実施に関する基本の「政治教育第十四条の2項]
と「宗教教育」第十五条の2項に起因すようである。
「政治教育」の1項で、良識ある公民として必要な政治的教養は、
教育上尊重されなければならない。
2項で、法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための
政治教育その他政治的活動をしてはならない。
至極当然な教育基本法である。
ところが、時の文部省や教育委員会やある政党は、とても神経質になり、
ちょっとでも政治的な内容が入れば、徹底的に攻撃を仕掛けてきたので、
教育現場では「触らぬ神に祟りなし」と政治や宗教について、
全く触れないようになってしまった。
「宗教教育」に関しても、至極当然の教育基本法であるにもかかわらず、
「政治教育」と同じように全く触れない立場を取ったのである。
このような教育を受けた教師が指導をするのであるから、推して知るべし。
戦後から現代に至るまで、正しい「政治教育」や正しい「宗教教育」の抜け落ちた
受験教育がまかり通ったのである。
今、「美しい日本を取りもどす」運動や「八紘一宇」「教育勅語」「靖国神社」や
「護国神社」などが、一部の政治家や運動家の中で活発になっている。
参考=八紘一宇は、神武天皇が大和の橿原に都を定めたときの言葉で、
天下を一つの家のようにすること。全世界を天皇のもとに一つの家にすること。
戦後教育の失敗は、あらゆる面で問題を起こしている。
教育の基本が抜け落ちた教育の問題が生活のあらゆる場面で吹き出ている。
相当な覚悟のいる問題である。
「森友文書開示問題」の上告断念は、新しい政治の始まりに匹敵する。
かってない石破総理の決断である。正常な政治の実現がかかっている大問題である。
頭の腐りを手術できるかどうかの戦いである。石破総理への攻撃は相当なものになるであろう。
国民の声が生きてくる時代の幕開けである。

宵祭り 火の神踊る 野焼きかな 正 悟