syougoのブログ

余命ゼロ年の壁を超えてしまいました。転ばぬ先の杖を手にして、卒寿まではブログを頑張ってみたい。

「山のあなたの空遠く」に「幸い」を求めなくても
働いた後の休息が、至福の時であることを実感。
余命ゼロ年の暇つぶしに。我を忘れて夢中になれる
ブログに挑戦していこうと。

夢中になれることがあることに感謝。

卒寿小論 788 戦後教育問題のあれこれ(教育56)

藤 正悟

     


戦後80年、教育に係る問題が目に付き始めた。


 教育内容の問題  2 教育システムの問題  3 親の要求による問題

 

「教育内容による問題」は、学校教育の中から、政治教育、宗教教育、憲法教育などの

欠落が考えられる。

自分の経験から、小学校・中学校・高等学校で、「政治・宗教・憲法」の教育を受けた記憶がほとんどない。

敗戦によるアメリカの締め付けもあったのではあるが、日本の学校教育は

「政治・宗教・憲法」教育を避けてきたような気がする。

「触らぬ神に祟りなし」的な傾向が見える。

GHQと文部省(現文科省)を避けていたようである。


その結果、「政治は正義を」「宗教は愛を」「憲法は公正を」の「正義・愛・公正」の

精神が日本人の生活から薄くなっていった。

その結果が、東大教授による銀座クラブ・吉原ソープなどの汚職収賄事件や

政治家による裏金・献金違法事件などである。


国内トップの東大と国内トップの権力者が、このレベルであることは戦後80年、

何かが間違っていると思わざるを得ない。


第2の「教育システム」の問題は、「いじめ問題」と

「不登校生徒の増加」に見ることができる。

この問題は学校教育のシステムを変えることが、良いのでは。

年齢のことなる集団や興味関心のことなる集団による学級編成や学校づくり、

江戸時代の「塾」形式なども参考になるのでは。


現在の学校制度では、「いじめ問題」や「不登校問題」は、

増えていくことが予想される。


第3の親の欲求による問題は、政治の問題でもある。学校教育によって

差別社会をつくり出していては、「正義も愛も公正も」乗り越えて、

「自利自欲」に走るのは自然の流れである。


以上のような教育問題を解決するために教師集団の力を発揮してもらいたい。

教師個人では何もできない。集団をつくって、「政治・宗教・憲法」の教育実践や

学校制度の改善に取り組んで欲しいものである。

既存の教育集団、日教組の取り組みを期待するが、

日教組の歴史と組織がそれを拒むであろう。

既存の教育集団には期待はもてない。

 

意外な政治家が思い切って新しい教育改革に取り組むかも。

そんな期待を少しだけ持っている。

 死ぬ気でやってごらん、死なないから。やってみよう  正 悟

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