syougoのブログ

余命ゼロ年の壁を超えてしまいました。転ばぬ先の杖を手にして、卒寿まではブログを頑張ってみたい。

「山のあなたの空遠く」に「幸い」を求めなくても
働いた後の休息が、至福の時であることを実感。
余命ゼロ年の暇つぶしに。我を忘れて夢中になれる
ブログに挑戦していこうと。

夢中になれることがあることに感謝。

卒寿小論 695「改ざん・隠蔽」の国家権力が残したもの

藤 正悟

戦後80年を生きてきて、「改ざん・隠蔽」の国家権力によって、

何を信用すればよいのかが分からなくなってきた。


難しい問題を考えなくても、身近に起こる土砂災害や河川の氾濫を体験するたびに、

「改ざん・隠蔽」の国家権力による「治山治水」の戦後80年に渡る失敗ではないかと疑ってしまう。


今、「線状降水帯」が、その主役を演じている。

「治水は治山にあり」 「水を治めるには、山を治めなければならない」と昔から言われている。


治山治水は、国家百年の大計である。

先ず、戦後80年の治山治水の検証をして、これから100年を見通した

治山治水の構想と具体的な取り組みをしていかなければならない。


山の管理、河川の管理、ダム、宅地造成、農地、水源の確保、下水道、用水路など

総合的に、全てを組み合わせての治山治水の戦後80年の取り組みであったのか。


急に躍り出た主役「線状降水帯」は、いつごろから兆しを見せ始めたのか、

それに対しての政府の対応は・・・


気象庁とNHKが協力して、声を大にしての報道も「声を大きく繰り返せば繰り返す」

度に、国民のことを思い徹底した報道をありがたく思うのであるが、

「改ざん・隠蔽」の体質が頭をよぎるのである。


戦後80年の「治山・治水」の失敗をすべては「線状降水帯」の性であると

刷り込んでいるのでは思ってしまう。


悲しいことである。

それも「改ざん・隠蔽」の国家権力を目の当たりに見せられたためである。

治山治水の戦後80年間の検証を国民に分かりやすく示し、

これからの百年の計と直近5年間の具体的取り組みを示して欲しい。


     資料を読み進めているが、わかりにくい。国民に分かりやすく表現して欲しい。

     治水は治山にあり  水を治めるには山を治めなければならない


 死ぬ気でやってごらん、死なないから。やってみよう  正 悟

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