卒寿小論 794 負けるが勝ちになるために

いろはかるたの(江戸)の札に「負けるが勝ち」という格言がある。
ただ負けたことが勝ちになるわけではない。
負けた後の戦い方が決め手となる。
日頃の生活が負けるが勝ちにつながるような生き方であるのが良いが、
人は負けて初めて自分の生き方を振り返る。
野田佳彦氏の今回の衆院選大惨敗は、「負けるが勝ち」の出発になる。
これだけの負けっぷりは、見事と言うほかはない。
ここで初めて、高市総理の心境と同じ心境に立てるのではないかと思う。
捨てて、捨てて、捨てきって、何も守るものがない心境が、
今回の高市総理の人気と勝利に繋がったような気がする。
近ごろは男もしない義理と人情で、裏金議員も立ち直らせ、
思い切って自分の都合第一に行動をし、本音の発言で少々のミスも
構わず堂々と立ち向かったことが、人気のもとになったようである。
まあ、捨て身の戦法が功を奏したと考える。
しかし、この大成功も、野田中道の大惨敗も表裏一体で同じことである。
一寸先は分からない。これからの生き方次第で「負けるが勝ち」の時が来る。
初代の壊し屋小沢さんを吹っ飛ばしただけでも、誰も出来ることではない。
二代目壊し屋の本領を発揮すれば、壊すことによって、新しい道が開けることを実証できる。
倒されても、倒されても、立ち上がって「ファイティングポーズ」をとることが、
負けるが勝ちへの出発である。
さて、野田代表はどのような「ファイティングポーズ」を取るのでしょうか。
政治家になった以上、死ぬまで逃げてはダメである。
「一寸先は闇」です、何もかも、捨てて、捨てて、捨てきって戦えば道は開けます。
問題は、高市総理のように「命」までも捨てきることができるか。「守るもの」を何も持たない生き方ができるかどうかが、勝負どころです。
次の参院選に向かって勝負をかけてください。あなたの捨て身の戦法は何ですか。
見せてください。関心があります。期待しています。