syougoのブログ

余命ゼロ年の壁を超えてしまいました。転ばぬ先の杖を手にして、卒寿まではブログを頑張ってみたい。

「山のあなたの空遠く」に「幸い」を求めなくても
働いた後の休息が、至福の時であることを実感。
余命ゼロ年の暇つぶしに。我を忘れて夢中になれる
ブログに挑戦していこうと。

夢中になれることがあることに感謝。

卒寿小論 775  90歳 めでたくもあり・・・

藤 正悟

                          

          初詣に行く 氏神様 朝見八幡

 

           初明かり 鼓動確かや 我が息吹   正 悟

           本年もよろしくおねがいいたします

 

   一休宗純(そうじゅん)の歌 三首に学ぶ

 

元旦は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし      

釈迦といふ いたづらものが世にいでて おおくの人をまよわするかな    

世の中は起きて 箱して(糞して) 寝て食って 後は死ぬるを待つばかり  

 

参 考

一休宗純は、臨済宗 大徳寺派 1394年1月1日~1481年11月12日)

         87歳没 室町時代の人


良寛和尚は、曹洞宗 (1758年11月2日~1831年2月18日)

         74歳没 江戸後期の人

      次の2句が有名

         散る桜 残る桜も 散る桜   裏を見せ 表を見せて 散る紅葉


小林一茶   俳人(1763年6月15日~1828年1月5日)

         65歳没 江戸後期の人 

         代表句は、  めでたさも 中くらいなり おらが春

 

この三人は、とても個性的で型破りな、そして、あまり一方に偏らない中庸な

「何もほどほど」という生き方が感じられて、90歳からの生き方の参考になる。

どちらかに偏り過ぎる人の生き方は、ちょっと目には「かっこよく、元気に満ちた、

人気者になる」が、怖い一面を持っている。


「めでたくもあり、めでたくもなし」の「中ぐらい」の、裏も表も見せて、

「ありのままの姿で」中庸に生きるのが、個人にとっても国家にとっても、いいのではと思う。


トランプさんも習近平さんも、高市さんも、少しばかりかたよっていて、

「争い」という危険を感じる。

最低80歳を超えなければ、中庸の生き方は、理解できないし、ましてや実践もできない。

 

90歳 めでたくもありめでたくもなし ほどほどの中ぐらいな生き方で、

有りのままに裏も表も見せて、散っていく。


釈迦牟尼の 杖をたよりに 去年今年(こぞことし)  正 悟


神も仏も、天国も地獄も 信じることにしよう その方が心が休まる

 死ぬ気でやってごらん、死なないから。やってみよう  正 悟

×

非ログインユーザーとして返信する