syougoのブログ

余命ゼロ年の壁を超えてしまいました。転ばぬ先の杖を手にして、卒寿まではブログを頑張ってみたい。

「山のあなたの空遠く」に「幸い」を求めなくても
働いた後の休息が、至福の時であることを実感。
余命ゼロ年の暇つぶしに。我を忘れて夢中になれる
ブログに挑戦していこうと。

夢中になれることがあることに感謝。

卒寿101 宇野千代 名言 親にもらったこの躰 感謝

藤 正悟

        


1 朝、起き抜けに、コップに一杯の水を飲む。それから、一万歩歩く。


  2 習慣化された歩くということの愉しさは、老齢の私にとって、体を整える上に、

    何ものにも代えがたい運動なのです。


  3 心は平常心に、呼吸はゆっくりと深く長く、そうしましたら、次は体を整える番です。

    体を整えるとは何でしょうか。動かすことですね。


  4 一日のうちに1回、便通があったか、なかったか、これが一番、気にかかることだ。

  夜でも昼でも、眠いときに眠る。食べ物はなるべく菜食。ときどき、豆腐の殻の煮たのに、

  牛肉のみじんに切ったのを入れたりすることもあるが、これは例外で、なるべく菜食。

  間食は一切しない。

  いつでも、腹の中は風が吹いているように軽い。


  5 歩くでも食べ物でもない「真の健康法」は、今日から明日以後のことに希望をつなぎ、

    その希望に向かって突進する、1つのことが済むと、また次の目的が湧いて来て、

    とめどもなく忙しい。いつでも、何か追いかけて行く目的があって、

    張り切っている状態でいること。


6 「長生きの秘訣は何ですか」とたずねられることが多くなった。

  「特別にすぐ効く秘訣があるわけではありませんが、その日、

  そのときをただただ夢中になって生きてきただけです。鳥のように、虫のように、自然にね」

    私は昔から1つのことをはじめますと、とことん追求します。

    私は何でも夢中になるのが癖なのです。


  7 寝るのは夜寝るのと昼寝の時間とを合計して8時間。テレビはおもに夜見る。

    3時間半くらいは毎日見るかな。私が机に向かって仕事をしているのは、ほんの3、

    4時間くらいのもので、あとの時間は、階段を下りて行って、店の者たちとデザインの

    相談をしたり、雑談をしたりする。

    1万歩歩き、8時間ねむり、ほんの3、4時間、仕事をする。


  8 特別に悪いところもなく暮らしていけますのは、ひとえに親からもらった

    体のおかげだと感謝しています。


    90歳 何して暮らす 今朝の秋  

    先ずは、親に貰ったこの躰に感謝 

   「夢中に勝る努力なし」(孔子)  何事にも夢中になって、楽しむ。(正悟)

卒寿100 高市総理の発言に一理あり

藤 正悟

             


2026年1月27日、大石議員の発言に対して高市総理は

「裏金議員っていうのはやめてください。名誉棄損になりますよ」と。


よく考えてみると総理の言う通りかも知れない。


政治資金規正法に基づいた「金」は、裏金ではない。表の金である。

裏金は、完全に表に出ない金で、具体的には談合事件に伴う「賄賂」

「収賄」贈賄」の様な金を「裏金」と呼ぶのが正しい。


政治資金規正法に係る議員を「裏金議員」と言わない方が正しい。

正しくは、「政治資金不記載議員」または「政治資金虚偽載議員」

更に不記載の訂正をした議員は「政治資金不記載訂正議員」と

法律に基づいて言わなければならない。


日本人は略して簡潔に言う癖がある。これを改めることが必要である。


言葉を略すために、その意味まで曖昧になり正確に伝わって行かない。

まともな国造りをして行くためには、政治家はもとより有権者国民も

「ことば」を正確に表現しなければ、正しくその意味が伝わって行かないし、

だからつまらないことで意味不明の混乱が起こる。


高市総理の言うように、今日から裏金議員という言葉は、

本当に裏金(賄賂・収賄)で、有罪になった人に対して呼ぶことにする。


全ては法律に基づいた呼び方で言葉を選んでいく。

その方が本当の意味が正しく伝わって行く。

政治資金規正法の第6章の罰則、第22条に基づけば「政治資金違反議員」

第23条では「不記載議員又は、虚偽載議員」第26条では「50万円以下の罰金議員」

「6カ月以下の禁固議員」第28条では「公民権停止議員」などなど。


「裏金議員」は、言いやすく、相手を攻撃する「弾」としては、ある種の効果はあるが、

正しく国民にその内容(事実)が伝わってこない。政治を変える言葉にはならない。


まどろっこしいけれども、特に政治家は、法律用語を正しく省略せずに使うことが基本である。

政治家は意外と法律について詳しく勉強していないのかも。だから、政治資金規正法の第6章

罰則規定までは丁寧に読んでいないのではと思ってしまう。


その点、高市総理は、「裏金議員っていうのはやめてください。名誉棄損になりますよ」と、

いえることは正しく学習をしていることの表れである。


言葉を正しく正確に使えば、政治は良い方向へ早く改革できる。

政治家は曖昧な意味不明な表現を使う人が多い。


正しい正確な言葉を使わない限り、政治が変わることを期待できない。

卒寿099 心の断捨離結論 「これから」

藤 正悟

        


久しぶりに友と一献傾けた。お互いに元気で90代の大台に乗ったよな。感謝、感謝。


「おれなあ、心の断捨離を始めたよ」

「お前、心の断捨離しなければならんようなものはなかろう」

「近ごろな、ふっと不安になるのよ」

「それはお前だけじゃない。みんな不安を抱えている。俺から見るとお前、

断捨離しなければならないような心はないと思うよ」


卒寿の一杯は、専ら「断捨離」の話で盛り上がった。


そう言われてみれば、捨てるほどの物も持っていない。執着心もあまりない。

世間や信仰にも捕らわれない。自我も強くない。


それであるのに、なんで「心の断捨離」をしなければと思い始めたのであろうか。

ほんの少しの執着心、ほんの少しの自我までも捨てると、もっと素晴らしい世界があるのではと・・・。


親鸞が言うように「人間は最後まで煩悩を持った存在であり、

修行しても完全になれるわけではない。

執着や煩悩を無くすことではなく、

執着や煩悩を抱えたまま救われることである」


世間を離れて修行した親鸞が、世間を捨てる意味はない。と


出家する勇気も、家出する勇気もないごく平凡な私は、

「断捨離」するほどの物も心も持ち合わせてはいない。


執着や煩悩は、大なり小なり消えることはない。

世間(世俗)に身を置いて生活することしかない。


母が良く言っていた「人は人中、田は田中」とは、こういうことであったのか。

卒寿にしてその言わんとすることが理解できた。

人間は、世間に出てもまれて成長する。田んぼは周囲を田んぼに囲まれた真ん中が良い。


さてと、卒寿からの人生最後の自由研究として、

心の断捨離「人は何を手放せば、心が軽くなるのか」を課題として、暇つぶしをして行こう。


先達の生き方を参考にして、自由研究課題のまとめに入ろう。最後の卒論に挑戦。