卒寿小論 596 今だ独立国たりえず 日本
トランプ政権が返り咲いて、ますます「日本は独立国ではないのだ」ということを
再認識させられる日々である。
アメリカの属国なんだ。
アメリカにとって都合の悪い産業を次々潰してきた。
繊維産業、航空機産業と潰されるたびに日本政府は、国民の税金で補償して、
乗り切った歴史がある。
1950年代(昭和25年)の政治家は、そのアメリカに対して堂々と戦った。
アメリカの要求拒否や抵抗をした。愛知揆一外相、宮澤喜一通産相、
中でも当時の田中角栄内閣総理大臣は心に残る。
1971年(昭和46年)9月の関税と貿易に関する一般協定(GATT)に対して、
アメリカの要求を突っぱねた。今で言うトランプ氏の「関税」をつっぱねたことになる。
更に、翌年1972年(昭和47年)9月には、日中国交正常化の共同声明を発表し、
日本と中国の正式な国交が回復した。
1973年(昭和48年)1月11日には、在中、日本国大使館を設置し、
同年2月に日本に中華人民共和国の大使館が設置された。
岸信介総理のアジア重視の外交政策と核実験禁止アピールの流れの中で、
中国との接近が現実のものとなっていった。
中華民国(台湾)を切り捨て、中華人民共和国を独立国と認めた
田中角栄はアメリカにとっては、困った人物になった。
そこで、アメリカは「ロッキード問題」を日本に情報提供することによって、
田中潰しに入った。
当時の自民党は、これ幸いと「田中潰し」に載ってしまった。
日本は真の独立から後退していき、アメリカの属国として
現在までアメリカの言いなりの政治となってしまった。
ろくな裁判もしないまま「田中角栄」を潰したことは、今の日本にとって、
計り知れない損失である。
当時のアメリカ大統領ニクソン氏は、「日米安保条約は,対ソ連が中心で、
かつ日本の軍事大国化を防ぐのが目的である」と述べている。
田中角栄総理が消えて、日本の政治は活力を失い、
もっぱらアメリカの太鼓持ちで生きているような気がする。
日本は独立国でないので、日本だけの力で拉致された日本人を取り戻すことができない。
小泉総理の時に複数の拉致被害者を取り戻したが、どうして取り戻すことができたのかは、
正式な情報は闇の中である。
今は核兵器を所有する北朝鮮に対しては、アメリカも以前のようなわけにはいかない。
日本国が、真に独立して、力を付けない限り拉致問題の解決はなかなかである。
国交正常化してない国との交渉は、相手を国として認めていない、
言わば戦争状態のままの国と交渉するようなものである。
国交回復からスタートしなければ、問題の解決は無理ではなかろうか。