卒寿小論 124 嘘八百ついて一人前 <掌編30>
「理想を掲げないことには政治の道へは進めない。しかし、現実的に生きなければ票は集まらない。掲げたほとんどの理想は実現しない。だから理想なのかもね。」
福岡政治(まさはる)は、話し始めた。
今日は、新井市長の要請を受けて、市長秘書の長井恵介君の次期県議選立候補についての下準備の会合であった。
市長の息子、新井金三郎が父からの伝言を伝えた。
「福岡政治議員は、まじめに議員活動に取り組んでいる一人で信頼のできる人です。父は事あるごとに言っています。」
「それは市長の買い被りだよ。見かけと本音の落差は大きいですよ。」
福岡政治は次の統一地方選には72歳を迎える年齢と8期32年になるので引退することを決めていた。新井市長は福岡議員を秘書永井恵介の選挙顧問にお願いして軌道に乗るまでの組織づくりや体験から得た知恵の伝授を頼んだ。
明るい声が襖越しから伝わって料理が運ばれてきた。
関アジの刺身を前に「豊の酒」で乾杯をした。
「豊の酒の厳しいこの風味はどこの酒にも負けんなあ。美味い。魚も日本一だよね。」
福岡の言葉に、金三郎、恵介、料亭の息子で市の教育次長の島田義則(よしのり)の3人も全くという顔でうなずいた。
「私も酒好きで日本全国の評判の酒から無名の地酒をかなり飲んだが最終的には「豊の酒」に落ち着いて毎日欠かさず一合の晩酌をしているよ。」と、福岡政治(まさはる)の声が明るい。
つづいて、豊後黒毛和牛のステーキと地元の最高の料理が運ばれてきた。
「姉さん、萌香の紹介をしてよ。」と、義則が和美に声をかけた。
「萌香さん。こちらへ・・・姪の萌香です。今年、高校を出て料亭島田の父のもとで料理修業を始めました。高校時代は放送部にいて、全国放送コンクールにも入賞して、放送関係の方の大学進学を進めたのですが、本人の意志で料亭修行になりました。」
「萌香です。よろしくお願いいたします。」
「どう見ても姉妹だよね。それも美人姉妹だ。」
政治が感嘆の声を発した。
「ありがとうございます。」と、和美と萌香が声を揃えて返礼した。
「今夜の一番の目的は、影の応援団の組織づくりと議員になるための、また議員を応援するための基本的な考え方を話題にしたいと思う。後援会づくりは一からやらなければ本物の後援会はできない。
市長の後援会は市長の後援会、私の後援会は福岡政治の後援会で、既成の他人の後援会は当てにならない。どころか、害の方が多い。
私は父の後援会を引き継いで、2世議員として出発したが、自分の後援会になるまでに10年は掛かった。
勿論、積極的に応援はするが、あくまでも第2応援団に過ぎない。最初から当てにしてはいけない。」
和美と萌香がすべての料理を運び終わって坐の仲間に入った。和美が政治に酒を注いだ。萌香は金三郎と恵介に酒を注いだ。
「そうだ。萌香さんに選挙の時はウグイス嬢になってもらうといいよ。放送部の声を生かして、それよりも初々しい可愛さだけでもいいよね。」
政治の言葉に恵介は全くその通りと頷いた。
「政治家だけではない。人は誰も信義を大切にしなければいかん。裏表のある人物や利害関係、特に金で動く人間は選挙民から信用されない。
だから、信義を大切に裏表のない金で動かないということを大事にしなければ票は逃げる。
だが、難しいのは、裏で友達や知人、そして自分を応援している人に対して有利になるように動かないことには票は集まらない。
そんなことを考えると政治家というのは因果な仕事だよ。嘘八百つけるようになって、それも堂々と嘘をつける人物になって、はじめて一人前の政治家になる。」
政治は盃を恵介に回してなみなみと酒を注いだ。
「ありがとうございます。よろしくご指導お願いいたします。」
恵介は政治の盃を一気に飲み干した。
これからは恵介君を中心に金三郎と島田義則と和美の4人で先ず後援会組織づくりの原案を作り、福岡政治の意見を聞き、具体的な行動に移ることにして、第1回の準備会を終わった。