卒寿小論 380 夜討ち朝駆けの成果
T君の家庭訪問で朝起きれないという問題が出たので、先ずはT君の夜の生活ぶりを見に行くことにした。
夕食後の午後10時前後を彼はどうやって過ごしているのか。それが朝起きれない問題の解決の手掛かりになるはずである。
早速に出かけた。午後9時30分に彼の家の前に着いた。彼の家は真っ暗で人の気配がしない。ブザーを鳴らしたが応答はない。再度ブザーを鳴らして、玄関の戸をドンドンと叩いた。しばらくして家の電灯がついて彼が出てきた。
「あつ、先生、こんな夜にどうしたのですか」
「君の夜の生活を観たくてね」
「夜討ち朝駆けですね」
「そうだよ。夜の過ごし方を観れば朝起きれない理由がわかるかもと思ってね」
「ありがとうございます。どうぞ」と言って家の中に入れてくれた。
部屋に入ると突き当りにキッチンがあり、その左が広間兼寝室になっていた。その広間の隅の押入れが明けられたままになっており、中から明かりが漏れていた。 中を覗いてみると小さなテーブルがあり、スタンドとポットが目に入った。その横に学生カバンから教科書やノートがはみ出していた。
「先生、夜は物騒ですから、家を真っ暗にして押入れの中で生活しています」
「夏場になったら押入れの中は大変だろう」
「気温が上がってきたら、広間で寝ます」
私の心を「夜討ち朝駆け」という言葉で、一発で表現するとは大したもんだ。
「それで何時ごろから、眠りにつくんだ」
「そうですね。決まってないです。調子に乗ると明け方まで起きています。
平均したら午前2時頃が多いかな」
「そうだなあ。少なくとも午前2時には眠りに行くといい」
「はい。努力してみます」
夜討ち朝駆けの次の日から少し変化が出始めて週の内二日ほどは遅刻なしで登校するようになったが、まだ、昼の給食にやっと間に合う登校が続いた。
それでも中間考査や期末考査、実力テストの日は遅れることなく登校し試験を受けた。
どの試験も400人中10番以内の成績で、まわりの友達も彼の個性と実力を認めていた。特に人間関係の良い彼は周りをほっとさせる人柄であった。
生きる力と人間関係を良好に保つ力は天才的なものがあった。
勿論、そういう資質とともに個性あふれる能力が嫌味なくジワッと伝わってくる。
彼は折々に自作の詩や作文を私に送ってくれた。この作品は彼が還暦を迎えたときに見せ
ようとしまい込んでいたのに、還暦を迎えたのに彼の作品が見つからない。
今、古い資料をひっくり返して彼の作品を探している。