卒寿小論 157 猫に小判(上方)
【なんの感じも欲望も起こらないこと。与えてもその価値がわからずなんのかいもないこと。】
私は、骨董は言うに及ばず「物」に対する欲望が薄い方である。
どんなに高い値がつこうと他人事の感じで見ている。無頓着すぎて逆に物を粗末に扱う欠点がある。少し直さなければと反省している。
人の生き方に対してはかなりの関心を持っている。貧しい境遇の中から自分なりの個性や能力を開発した人への関心は強い。
酒に対しても以前はこだわりが強かったのだが、歳と共に酒に対するこだわりも薄くなってきた。ただ、安いさけでもうまい酒はうまいと思えるようなった。
「猫に小判」の人間が多くいるので社会は平和が保たれている。
あまり欲望の起こらない人たちが多いほど社会はバランスが取れてうまくいくようだ。
十人十色の興味や関心と欲望の起こり方が社会の混乱を押さえているような気がする。しかし、「猫に小判」の人間ばかりになると社会は衰退していくことになる。教育の難しいところである。
ネモフィラ 季節の花300より
花言葉は「どこでも成功」「可憐」「あなたを許す」
ダンチョネいろは歌
脛をかじりに 日参すれば (アーどうしたどうした)
金のなる木がネ ゴーンと泣く ダンチョネ (エーなんとなんと)
太陽光発電 ストップさせて 原発電力ネ
守ります ダンチョネ