卒寿055 歳を取って変わったこと(高齢者養生訓)
今まで気にも留めていなかったのだが、年とって大きく変わったことがある。 現役時代、退職をしても暫くは、綿密な計画を立てて、今日できることは今日片づける。 古希を過ぎたころから、立てる計画も無くなり、今日やらなければならないこともなくなって、 計画なし、今日しなくて良いことは、生きていれば明日するこ... 続きをみる
余命ゼロ年の壁を超えてしまいました。転ばぬ先の杖を手にして、卒寿まではブログを頑張ってみたい。
「山のあなたの空遠く」に「幸い」を求めなくても
働いた後の休息が、至福の時であることを実感。
余命ゼロ年の暇つぶしに。我を忘れて夢中になれる
ブログに挑戦していこうと。
夢中になれることがあることに感謝。
今まで気にも留めていなかったのだが、年とって大きく変わったことがある。 現役時代、退職をしても暫くは、綿密な計画を立てて、今日できることは今日片づける。 古希を過ぎたころから、立てる計画も無くなり、今日やらなければならないこともなくなって、 計画なし、今日しなくて良いことは、生きていれば明日するこ... 続きをみる
久しぶりに兼好の徒然草を読んだ。 鎌倉末期にすでに少子化の始まりを予言した吉田兼好の慧眼に感服。 現代の少子化の傾向とは、その内容において少しばかりの相違はあるが、 共通する点も納得できる。 教育が普及して、やっと鎌倉の吉田兼好の考えにまで到達したのかもしれない。 教育が普及して、いろんな知識が身... 続きをみる
兼好法師は本当にこう考えていたのであろうか。 わざわざ「賢き人の富めるは稀なり」と書いたことは、本当に「稀」であるならば話題にする必要もないと考えるが。 「人はおのれをつづまやかしに、奢(おご)りを退(しりぞ)けて,財を持たず、世をむさぼらざらんぞいみじかるべき、賢き人の富めるは稀なり。」(... 続きをみる
鎌倉時代を代表するイケメンタレント兼好法師の謎 兼好の出生と没年の記録がない。何故だ。 代々神祇官あるいは太政官として奉仕した家系で、祖父、父、兄二人ともに官職四等官の第二の次官(すけ)まで上り詰めた。 兼好は蔵人(くらうど)・左兵衛佐(さひょうえのすけ)4等官第三の判官(じょう)で終... 続きをみる
子孫断絶願望の吉田兼好 何故だ。なぜだろう。兼好の家は代々神祇官あるいは太政官として奉仕してきた家系である。祖父、父、兄弟とそれぞれに官職の次官(すけ)クラスまで上り詰めた身分の家である。 そのような家であったからこそ、「子孫断絶願望」が一つの生き方になったのかもしれないと思われる節もある。... 続きをみる
私の隣に吉田兼好が二人いる。 一人は同級生で、もう一人は身内である。 二人ともに共通しているところは、高学歴でおまけに背が高くイケメンで、働かなくても一生食っていける財産家である。 二人ともに既に亡くなっているので彼らの供養を兼ねて人柄をしのんでみたい。 同級生の彼は、京都の一流国立大学... 続きをみる
出生、没年不詳の謎多き吉田兼好 吉田兼好の家系は代々神祇官あるいは太政官として奉仕してきた。 兼好の父、兼顕(かねあき)は治部少輔、兄の慈遍は大僧正、兄の兼雄は民部大輔の官職にあり、兼好は蔵人・左兵衛佐の仕官であった。 治部少輔は官職四等官の2番目である。長官(かみ)の次が... 続きをみる
兼好と長明の住居観 鎌倉前期の「大火、辻風、遷都、飢饉、地震、保元の乱、平治の乱」と大混乱の中を生きた鴨長明と武士の力が定着してきた安定した鎌倉後期に生きた吉田兼好では人生観に大きな違いが出るのは当然である。 特に、住居についての考えは大きな違いを感じる。 鴨長明は、... 続きをみる
兼好法師の色の道 兼好法師は相当のイケメンで自信家であったのだろうと思われる。 つれづれ草の第1段のしょっぱなから、『人は、かたち・ありさまのすぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ。』(容貌や風姿のよいのがよい。) これは相当の自信があっての言葉とみる。 更に、序段の『あ... 続きをみる
兼好の理想とする男性像 「容貌や風姿がよいのがよい。しゃべりぶりも聞きやすく、やさしく穏やかで口数の少ないのがよい。」 『人は、かたち・ありさまのすぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ。ものうち言ひたる、聞きにくからず、愛敬(あいぎやう)ありて、言葉多からぬこそ、あかず向は... 続きをみる
いいじゃありませんか兼好さん いいじゃありませんか 兼好さん つれづれなるまま 日くらして 退屈しのぎの エッセイで かまくら末期の 文化人 一目見るなり その技の ... 続きをみる